現在、中国が一国二制度を2047年まで認めている香港を一国一制度に取り込もうとする動きが加速しています。
渦中の話題となっているのが「国家安全法」です。
米国や元々香港を領有していた英国を中心に先進各国が中国の暴挙に反対の声明をあげています。
結果的に地政学的リスクが増大して、株式市場に2018年のような弱気相場をもたらす懸念も孕んでいます。・
本日は以下の点について取り上げていきたいと思います。
【今回の瓦版の概要】
- 一国二制度をゆるがす国家安全法とは?
- 中国の国家安全法制定計画を受けた米国の動き(制裁内容)
- 米中関係の再度悪化による株式市場への影響
- 米中関係悪化で影響をうける米国の個別銘柄
Contents
一国二制度崩壊をもたらす国家安全法とは?
ではそもそも国家安全法とはどのような法律なのか?
なぜ国家安全法が制定されると一国二制度が崩れるのかという点についてみていきましょう。
そもそも一国二制度とは?
アヘン戦争で香港島を植民地化した英国は1997年に中国に香港を返還しました。
そのため、香港では中国本土で制約されている言論・報道・出版の自由が認められてきていました。
また、香港には中国本土とは異なる香港特別行政区政府が存在しており香港基本法に基づく中国本土とは異なる一国二制度を敷いていました。
国家安全法とは?何故一国二制度を崩壊させるのか?
2020年5月28日に全国人民代表大会で国家安全法を制定する計画であると発表しました。
国家安全法は反逆や扇動、破壊行為を禁止することを目的とした制度です。
9月に詳細含めて成立する見通しですが、BBCによると以下の4つが犯罪行為としてみなされるとされています。
- 分離独立行為― 中国からの離脱
- 反政府行為― 中央政府の権力あるいは権威の弱体化
- テロ行為― 人への暴力や脅迫
- 香港に干渉する国外勢力による活動
専門家は、中国大陸で起きているように、中国政府を批判した人が罰せられることになるのではないかと懸念しているという。
参照:BBC News
国家安全法によって中国共産党政府に対して批判することができなくなり、結果的に共産党政府の意のままに操られることになりかねません。
結果として一国二制度の崩壊と考える人が多くなっています。
国家安全法制定による米国の動き
香港の優遇措置の撤廃
トランプ大統領は一国二制度を維持できないとして、香港への優遇措置を継続できないと米国議会に伝達しました。
トランプ米大統領は新型コロナウイルスがパンデミック(世界的大流行)となったこと、および香港の自治を抑制する法導入を採択したことに対する中国への制裁として、香港に認めている貿易上の優遇措置を撤回し、中国当局者へのビザ発給を拒否する意向を表明した。
トランプ大統領は29日にホワイトハウスでの記者会見で、以前から繰り返してきた中国に対する不満の数々を改めて口にし、米国法の下で香港に認めている貿易上の優遇措置を撤回するプロセスを開始すると述べた。また米金融監督当局は、米株式市場に上場する中国企業への投資を制限することを念頭に、それら中国企業を精査することになるとも説明した。さらに、国家安全保障上の脅威になるとみなされた中国人の米国入国を拒否するとした。
参照:Bloomberg
ただ、香港政府によると香港から米国への輸出額3040億香港ドル(約4兆2千億円、19年)のうち77%は中国本土から香港を経由して米国に向かう再輸出だ。大半は原産地が中国だとして、すでに制裁関税の対象になっているとみられる。また香港の輸出に占める米国向けのシェアは約8%で、米国が関税を上げたとしても「マクロ経済への影響は大きくない」(英調査会社オックスフォード・エコノミクス)。
一方、米国から香港への輸入額は2129億香港ドルで、電子機器などが多い。軍事技術に転用可能な半導体などを香港経由で仕入れる中国企業が多い。米国が香港への輸出管理を厳しくすれば、中国企業にとって打撃となる。
参照:日経新聞
米国のGDP20.5兆ドル(約2200兆円)と中国のGDP13.6兆ドル(約1500兆円)から比較すれば大きな影響の出る数値ではありません。
しかし、世界の二大大国である両国関係の悪化を招く要因になりますね。
今回発表された制裁内容は軽微なものであったため、市場は5月29日の米国株市場では好感されました。
しかし、今後中国側の対応次第では米中関係が更に悪化して追加での制裁が課される可能性も十分あります。
米国の保守派の民間団体には、国際的な資金決済のネットワークである国際銀行間通信協会(SWIFT)の利用停止などを求める声もある。金融制裁に踏み込めば、アジアの金融センターである香港への影響は甚大だ。
香港は金融市場に強みを持つ。新規株式公開(IPO)を通じた企業の資金調達額は18、19年に世界1位だった。仏ナティクシスによると、10~18年の中国企業のオフショア市場での資金調達のうち株式は73%、債券は60%が香港市場だ。香港の金融機能を止めれば世界の金融市場は混乱が必至だ。市場で存在感を高める中国企業への打撃にとどまらず、米金融機関のビジネスにも大きな影響が及ぶ。
参照:日経新聞
流石に米国としてもコロナ禍において自国の金融機関にも大きな影響が及ぶ金融制裁には手を出さないと信じたいところです。
資金調達は企業にとって企業活動を行う血流のようなものです。
香港を通じた資金調達が難しくなると世界経済に深刻なダメージを与える恐慌を引き起こす引き金となることも考えた方がよいでしょう。
中国共産党政府要人への制裁
トランプ大統領は香港の自治侵害に関与した中国と香港の当局者に制裁を科すことを宣言しています。
具体的には明らかににはなっていませんが、
- 当局者の米資産の凍結
- 米ドルへの為替取引の停止
などが予想されます。
破棄の危機に晒される米中の第一段階通商合意
また、トランプ政権は2019年12月に冷え込んでいた中国との関係改善に向けて米中の第一段階通商合意を締結していました。
この米中合意を米大統領選に向けた成果の一つとして掲げていました。
両国は昨年12月、第1段階の合意に至った。米国は中国製の携帯電話端末、玩具、ラップトップコンピューターなどに対する関税発動を見送ると同時に、テレビや履物などを含む約1200億ドルの中国製品に対する関税率を15%から7.5%に引き下げることで合意した。ただ第1段階の合意後も、2500億ドルの中国製品に対する25%の関税措置は残るほか、中国も1000億ドルを超える米製品に対する報復関税措置は取り下げない。
<<中略>>
今回の合意では、中国が2年間にわたり追加的に少なくとも2000億ドル相当の米国の農産品、モノ、サービスを輸入すると確約。2017年の1860億ドルの輸入がベースラインとなる。
ホワイトハウスが公表した文書によると、中国が示したコミットメントには540億ドルのエネルギー、780億ドルの工業製品、320億ドルの農産品、380億ドルのサービスの追加輸入が含まれる。
今回の合意事項の実施方法を巡る米中間の意見対立は、二国間協議を通じて解決する。この協議はまず事務レベルから始め、トップレベルまで段階的に行う。もし協議で決着しない場合は、関税を含めた制裁のプロセスに入る。
しかし、米国が中国や香港に対して制裁を発動する場合は上記の通商合意は破棄される公算がたかくなります。
実際、6月1日にロイター通信から以下の報道がでてきており、通商合意破棄も現実味を帯びてきました。
[北京/シンガポール 1日 ロイター] – トランプ米大統領が香港に対する優遇措置を撤廃する方針を示したことを受け、中国政府が国有企業に対し米国から大豆と豚肉の輸入を停止するよう指示したことが複数の関係筋の話で明らかになった。
<<中略>>
こうした中、複数の関係筋は匿名を条件に、米国産のトウモロコシと綿の大規模な輸入がすでに保留されていることを明らかにし、トランプ政権が追加措置を導入すれば、中国政府は他の米農産品にも対応を拡大させる可能性があると指摘。「中国政府は、香港を巡る米政府の方針に対応し、大豆や豚肉などを含む米国産の主要農産品の大規模な輸入を停止するよう主要国有企業に要請した」と述べた。
参照:ロイター
まだ、破棄と決まったわけではありませんが、危機にさらされていることは間違いない状況です。
では米中の貿易摩擦が再び再燃すると、株式市場にどのような影響をもたらすのでしょうか?
米中摩擦激化による株式市場への影響は?
それでは米中貿易摩擦の深刻化が株式市場へ与える影響について考察していきたいと思います。
2018年-2019年前半のような弱気相場が訪れる可能性
堅調な地合が続いていた米国の株式市場も米中貿易摩擦で軟調な展開が続きました。
確かに、マクロ的には両者のGDPの規模から考えると大打撃となるような規模ではありません。
また、追って紹介しますがS&P500構成銘柄の中国の売上比率は僅か1%であり直接的に業績に多大な影響を与えるわけではありません。
しかし、世界をリードする大国がいがみ合っている状態は地政学リスクの上昇が嫌気され株価はリスクオフの展開になりやすくなります。
冷戦期の株価の値動きを復習
最近の米国と中国の覇権争いわ米国とソ連の冷戦と似ている状況にあります。
では実際冷戦下のでS&P500のリターンをみてみると総じて米国株は堅調に推移していました。
冷戦だからといって長期的に株価が沈み込むわけではないのです。
実際、中国は巨大なマーケットです。
中国の経済成長減速が懸念されると世界の株式市場に波及します。
実際、中国の減速懸念が懸念された2015年-2016年のように米国株式市場も軟調な地合いがつづきました。
米国と中国の対立が明確となり、再び西側陣営と東側陣営に別れることとなれば中国から生産拠点を撤退する動きが加速する可能性があります。
すると、中国のGDP成長が減速して購買力が低下すると世界の企業の収益力が低下します。
結果的に短中期的に冷戦の時に比べて株安を引き起こす可能性は十分にあるといえるでしょう。
中国比率が高いアップル等の大打撃が予想される個別銘柄
米国企業の中でも中国での販売割合が高い企業は株価に大きな重しになることが十分考えられます。
以下はS&P500構成銘柄の中国の売上比率上位銘柄です。
AAPL:中国売上比率20%のアップル
アップルは現在、投資の神様「ウォーレンバフェット」のポートフォリオの首位を占める銘柄です。
以下はアップルの売上高の地域比率ですが、昨年度に比べて中国の売上が落ち込んでいます。
この決算はあくまで2020年1月-3月までの結果です。
今後、更に米中関係が悪化すれば落ち込むこととは必至といえるでしょう。
現状アップルは堅調に推移しているだけに、米中問題が足枷になることが懸念されます。
NVDA:中国本土売上比率25%のNVIDIA
エヌビディアは高速で画像処理や演算処理を行うグラフィックス・プロセッシング・ユニット(GPU)という半導体を提供する企業です。
NVIDIAの中国比率は50%となっていますが、あくまでGreater Chinaの比率です。
以下の通り台湾の比率が大きいので中国という意味だと27%程度となります。
一方、株価はコロナショックでも売上高、利益が下落しませんでした。
更に、エヌビディアが開発しているGPUを利用すればコロナウィルスのワクチン開発、CTスキャンの精度をあげることができます。
結果として株価もコロナ禍をもろともせずに最高値を勢いよく更新しています。
まとめ
【国家安全法とは?】
- 国家安全法は反逆や扇動、破壊行為を禁止することを目的とした制度
- 2020年5月28日の全人代で制定する計画であると発表
- 香港の言論や表現の自由が瓦解し一国二制度の実質的な崩壊を意味するとの見方が大勢
【米国の中国に対する姿勢】
- 香港に認められている貿易優遇を撤廃に向けて動き出す
- 金融制裁まで行われてしまうと中国だけでなく米国企業にも大打撃が見込まれる(テールリスク)
- 中国や香港要人への個人的な制裁も見込まれている
- 2019年12月に合意まで漕ぎ着けた米中第一段階通商合意が反故にされる可能性が高まっている
【株式市場への影響】
- 短期的には米中貿易摩擦が表面化した2018年-2019年前半の弱気相場が訪れる可能性がある
- 一方1950年-1990年の冷戦期の株式市場は堅調な動きだった
- 当時よりグローバル化が進展しているため中国の景気減速の与える影響は冷戦よりは大きい可能性もある
【影響の大きい個別銘柄】
- S&P500指数の全銘柄の平均中国売上比率は1%
- アップルやNVIDIAのような中国売上比率が20%の米国企業には米中関係悪化は大きな影を落とす可能性がある