株式投資家にとって、企業がどれくらい「配当金」を出しているかは非常に重要な情報です。
配当の大小によって、投資の意思決定が左右されることもあります。
ただ、企業にとって配当金とは一種のコストとなります。
資本調達に際して発生するコストの割合を数値化したものが「WACC」(わっく)です。
今回はこのWACCについて、詳しく計算式の意味を解説します。
そのあとに、実際の例(Apple)を用いて算出していきます。
目次
Contents
WACCは資本の調達コスト!計算式と概要
WACCは「Weighted Average Cost of Capital」の略称です。
WACCは借り入れや、株式調達など資本調達にかかるコストを加重平均したものです。
加重平均とは、通常の平均計算(算術平均)とは異なりデータの数値に重みを加えて平均を算出したものとなります。
企業の資金調達の方法は、大きく分けて2つに分けられます。
1つは銀行などのからの借入(負債)で、もう1つは株主からの出資(株主資本)です。
この2つの方法を駆使して、企業は資金を集めます。
ただ、どちらの資金調達方法でも一定のコストが発生します。
借入であれば、債権者への利子の支払い、株主資本であれば株主への配当などが挙げられます。
これらのコストを総合的に捉えたのがWACCとなります。
WACCの計算式は以下の通りです。
WACC
=
(1-実行税率)×(負債コスト×有利子負債/有利子負債+株主資本)
+
(株主資本コスト×株主資本/有利子負債+株主資本)
少し式が複雑に見えますが、1つずつ見ていけば問題ありません。
前半部分は、全体の資本調達に占める負債コストを算出します。
(1-実行税率)×(負債コスト×有利子負債/有利子負債+株主資本)
有利利子負債は、損金として支払利息を課税所得から控除することが可能です。
よって、税金分の比率を差し引くため、式の冒頭で「(1-実効税率)」を有利子負債にかけます。
式の後半では、資本調達に占める株主資本コストの比率を算出します。
(株主資本コスト×株主資本/有利子負債+株主資本)
負債コスト、株主資本コストの計算がそれぞれ終わった後、最後にそれらを足し合わせて、総合的な資本調達コストの割合を出します。
では負債コストと資本コストのそれぞれについて詳しく見ていきたいと思います。
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負債コストの計算方法とは?
負債コストは、銀行などの債権者に対して支払う利息などを表したものです。
ただ、貸借対照表には負債コストは直接明記されていません。
負債コストを確認するには、貸借対照表、損益計算書の数値を使って自身で算出する必要があります。
負債コストの計算式は以下の通りです。
負債コスト=支払利息/有利子負債
負債コストは、全体の負債に対する支払利息の割合となります。
有利子負債の数値は、貸借対照表で確認することができます。
支払利息は、損益計算書の「営業外損益」の欄に記載されています。計算自体は、電卓をたたけば誰でも簡単に行えます。
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株主資本コストの計算方法とは?
株主資本コストは、企業が株主に支払う配当などのコストを指します。
反対に、株主にとって株主資本コストとは「どれくらいの配当が貰えるか」といった期待を示す数値となります。
「投資家が企業に対して求めている収益率」というイメージです。
たとえば、投資家がある企業の株に100万円投資するとして、リターンとして10万円を期待してるとします。
そうすると、株主資本コストは10万円/100万円×100=10%となります。
ただ、WACCで用いる株主資本コストの計算は、これほど単純ではありません。
株主資本コストの計算式は以下の通りです。
株主資本コスト=Rf+β(Er-Rf)
Rfは「リスクフリーレート」のことです。
リスクほぼ皆無に等しい金融商品から得られる利回りを指します。
長期国債による利回りがこれにあたります。
2019年10月時点の日本の長期国債の場合はほぼ0%ですが、米国の10年国債では1.5%程度となっています。
βは「ベータ値」と呼ばれているものです。
上場している株式市場全体の値動きと、対象企業の株価変動を比較した数値です。
ベータ値は、ロイターの株式市場のページに記載されているので、自身で計算を行う必要はありません。
例えば、ロイターでアップルと調べて指標の欄をみると以下の通りβ値を確認できます。
βが1.22ということはS&P500指数が10%上昇した場合は1.22倍の12.2%の上昇が見込まれます。
Erは「期待収益率」のことで、株式市場に対する期待利回りを表します。
株式市場が平均して年率何%成長するかという数値ですね。
Erの数値は各数値、分析機関によってやや数値が変わってくるため、株主資本コストは同じ企業でも変わってくることがあります。
これは、株主資本コストの性質上やむを得ません。
因みに参考までですが過去10年、20年、30年の米国株の平均成長率は以下となっています。
- 過去10年:14.7%
- 過去20年:6.72%
- 過去30年:10.16%
- 過去40年:11.52%
過去20年にするとアジア通貨危機やITバブル、リーマンショックを経験し低い数値となっています。
しかし、平均して7%-10%と考えればよいでしょう。
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加重平均とは?
冒頭部分で『WACCは借り入れや株式調達など、資本調達にかかるコストを加重平均したもの』とお伝えしました。
加重平均は元々統計学で用いられている用語でデータごとの重要度を踏まえた平均になります。
一般的に知られている「平均」は算術平均と呼ばれているもので、こちらはすべてのデータ項目を均等に扱います。
加重平均と算術平均の違いを具体例を使って確認してみましょう。
自身で洋食レストランを経営しているとして、以下の3つのセットを売り出してるとします。
- ハンバーグセット :600円
- オムライスセット :700円
- ステーキセット :900円
それぞれのセットの1日の売り上げは、以下となりました。
- ハンバーグセット :10
- オムライスセット :10
- ステーキセット :30
このとき、1日の売上の平均を出す際、加重平均を用います。
それぞれの売上を販売価格にかけるのです。
これを「重みをつける」と呼びます。
すると、1日の売上平均単価は740円となります。
10×600/(10+10+30) + 10×700/(10+10+30) +30×800/(10+10+20)
=740円
一方、1日の売上単価の平均を出す際に、算術平均を使うとおかしな数値になります。
算術平均は700円となります。
(600+700+800)/3=700
一見するとそれらしい数値になるのですが、これは一番売上が多かったステーキセットの数量を加味していません。
売上の平均値が3セットの価格の丁度真ん中となることはおかしいのです。
WACCを算出する際も、同様のズレが起こらないよう加重平均を用いて平均値を算出します。
売上単価の平均値を出すときに、算術平均を用いると実際の売上の平均と乖離することになります。
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(1-実効税率)を掛け合わせる意味をわかりやすく解説
WACCの計算で有利子負債にかけられていた「(1-実効税率)」について、こちらも詳細見ていきましょう。
WACCの計算でなぜ有利子負債にのみ「(1-実効税率)」の値がかけられるのでしょうか?
利息の支払い自体が「損益計算書」に含まれるため節税効果が生じるためです。
支払い利息は損益計算書の費用項目であり、最終的には当期純利益を算出する前に利益と相殺されて「節税」を生み出します。
税引前利益が100億円で実効税率が30%の場合は法人税は30億円となります。
しかし、支払利息が20億円存在していた場合、最終的な税前利益は80億円となり法人税は24億円となります。
つまり6億円分の節税効果があるので、実質的な支払い利息による損失は14億円(=20億円-6億円)となります。
(1-実行税率30%)× 20億円 = 14億円
「支払利息があると節税になる」というのはWACCのみではありません。
企業経営一般でも言えることなので、覚えておくと将来の起業などで役立ちますよ。
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アップルを例にWACCを算出する
アップルはウォーレン・バフェット氏も現在投資をしている米国の巨大IT企業です。
今までの説明を元にアップルのWACCを算出していきたいと思います。
前提とする数値は2019年10月10日現在のものを使用。
負債コストを求める
負債コストは以下の計算式で算出されます。
負債コスト=支払利息/有利子負債
楽天証券では米国株の財務諸表を過去5年分公表しています。
今回は、2018年9月期のバランスシートを参考にします。
- 有利子負債:114,483百万ドル
- 株主資本 :107,147百万ドル(後に必要となります)
一方支払利息はアップルの決算書によると3,240(百万ドル))と発表されています。
つまり負債コストは2.83%ということになります。
負債コスト = 3,240 / 114,483 = 2.83%
アップルの株主資本コストを算出
次にアップルの株主資本コストについて算出していきます。
株主資本コスト=Rf+β(Er-Rf)
先ほどの前提を代入します。
- β:1.22
- Er:保守的に7%
- Rf:1.5%
すると株主資本コストは8.21%ということになります。
WACCの計算式に代入する
今までの算出で必要なピースが全て揃いました。
再度以下がWACCの算出式です。
WACC
=
(1-実行税率)×(負債コスト×有利子負債/有利子負債+株主資本)
+
(株主コスト×株主資本/有利子負債+株主資本)
- 実効税率:27.98%
- 負債コスト:2.83%
- 株主資本コスト:8.21%
- 有利子負債:114,483百万ドル
- 株主資本:107,147百万ドル
WACC
= (1-27.98%) × (2.83% × 114,483 / (114,483+107,147)) + 8.21% × (107,147/(114,483+107,147))
= 負債コスト1.05% + 株主資本コスト3.97%
= 5.02%
と算出することができます。
ここではアップルという一つの企業を例に取り上げて、WACCを計算しました。
株式投資をする上で、WACCの他にもPERやEPSなど、非常に重要な指標がたくさんあります。
しかし、重要と言われる情報だけに絞って勉強をしていても、やはり多大な時間がかかってしまいます。
効率よく、市場トレンドに沿った情報を収集し、勉強は進めていきたいものです。
以下のコンテンツでは、効率よく株式投資を学ぶ方法を紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください。
また、企業事例を取り上げて網羅的に企業分析の基礎を学べる投資スクールも近年は流行しており、本気で株式投資に取り組むという方は、一度通うことを検討することも考えて良いかもしれませんね。
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WACCの目安
WACCの目安は「5~8%」が一般的です。
前提として、優良な企業は「株式資本コスト>負債コスト」となっています。
負債がない方が、健全な経営をしていると言えるからです。
ただし、WACCの定義式からわかるように、負債コストには「節税効果」が期待できます。
100%すべて株式資本コストであるよりも、50%ずつ株主資本コストと負債コストに振り分けた方が、結果的にWACCの値は小さくなります。
WACCは資金調達のコストですので値は小さければ小さいほど良いです。
WACCの視点からみると、「負債がない」ことは必ずしもメリットであるとは言えないのです。
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まとめ
WACCによって、企業が資金調達にどれほどのコストをかけているか知ることができます。
投資家側から見ると、少しでも多くの額を還元して欲しいのでWACCの値は小さいほど良いと言えます。
WACCの計算では複雑な理論は用いられておらず電卓さえあれば誰でも簡単に計算できます。
WACCを使いこなせれば、収益性の分析精度を高められます。
また理論株価を算出することもできるようになるので企業がもつ本来の価値を測ることも可能になります。
WACCを使いこなして、投資分析のレベルを上げていきましょう!
今回は少し難しい企業分析手法になりましたが、WACC以外にも有効な企業価値分析をする方法がたくさんあります。
書籍や株式投資セミナーなど、情報を積極的に獲得して、自身の投資に生かしていきましょう。